2017年03月02日

宮田線、最後の夏。

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1989年の夏、山陰へ旅に出たんだけど、
ちょっと足を伸ばして筑豊まで行ってきた。
この年の年末に廃止されるという宮田線に行くためである。


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筑豊本線の直方のちょい先の勝野駅から
終点の筑前宮田駅まで走ってたのが宮田線だ。

筑豊と言えば炭鉱であるが、
当時はすでに閉山ラッシュの後だったため
やたら高規格な路盤に短い列車が走っていた。


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その勝野駅、筑豊本線には機関車がひっぱる客車が健在だった。
数年後になくなるとは思ってなかったので、
「また、これかー。。」と言いながら撮ってたように思う。


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赤い客車とオレンジのディーゼルの組み合わせは
当時、どこでも見ることができたんだけど、
どっちも過去のものになってしばらく経ってしまった。


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筑前宮田駅。
ザ・国鉄という風貌でかっこよかった。


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駅構内。
手前の車両はJR九州色に塗り替えられていた。
後ろは廃線になったら廃車にするつもりだったのか
元の色のままだった。
白いほうも数年後に亡くなっちゃったんだけど、
当時は延命させるつもりだったんだと思う。


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キハ30系というこの車両、首都圏だと川越線や相模線で走っていた。
どっちも電化されてクーラー付きの電車に変わったけど、
遠くまで出かけてこれがくると外れ気分だった。


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ホームの情景ものんびりしていた。


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終点の向こう側。


この年は3月に四国と高千穂線、4月に日立鉄道、
8月に山陰と筑豊と板谷峠と、やたら出かけ始めた年だった。
恐らく、どれも最後の頃に行けたんだと思う。
夜行列車があり、学割で安くなる周遊券があり、
しかも急行がそこそこ残っていたのが有り難かった。

それでも、あと数年早く生まれて興味を持つのが早ければ!
と思ったのは記憶に残っている。
たぶん、どの年代でもその思いはあるんだろうけど、
無駄に体力がある時に行っておいてよかったと思う。

今、同じ日程で旅するのは、とてもじゃないけど耐えられない。
18きっぷで延々と普通列車だけで行くのは既に苦行だし、
30分以上乗るならグリーン車か特急に迷わず課金するので。
あ、でも周遊区間内は特急の自由席が乗り放題だったんで、
結構乗ってんだな。

追加料金を厭わなくなったのと、
宿代を惜しんで無人駅に泊まらなくなったくらいか。

座席の夜行列車はよく乗ったんだけど、
寝台はもっと乗っておいてもよかったなー。




posted by ごん助。 at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | train | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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